2002年4月13日〜14日
メンバー 森崎、大関
記録 大関
白馬主稜は名峰白馬岳から東に派生する長大な岩尾根である。赤茶けた砂岩の為夏場は対象外となるが日本有数の豪雪地帯であるこの山粋では冬場、恐竜の背中のようなスノーリッジへと変貌する。 雪崩と深雪の為冬期に人を寄せ付けることはないが春の陽気が覆う頃になると雪は安定しうねるようなリッジは岳人達に雪稜登攀の醍醐味を味合わせてくれる。 自分にとっては2回目であるが今回は師匠が同伴してくれるということで心強い。 |
4月13日 朝はここ数日続いた暖かさとは打って変わって氷点下まで冷え込む。小川山使用に改造された森崎あっくん号(ホンダアクティー)の中で朝食を取り、これ又森崎パパチャリで林道をつっぱしる。 (といっても荷物背負っての登り、しかも所々凍結しているので半分以上手押しだが)相変わらず初っ端から飛ばす師匠に必死で付いてゆき、息が上がった頃猿倉に到着。 ここでチャリをデポ、まだ雪深い白馬尻へと詰めて行く。 朝は快晴で白馬岳も綺麗に見えていたが除々に薄雲が張り出してきたようだ。予報では午後から一時崩れるようなので白馬尻で少休止を取ると取り付きまでガツガツ飛ばす。 |
上部の雪稜 |
前方に1パーティ先行がいるが取り付き付近で追い越す。良く見るとショートスキーを着けている。師匠も今回は下山時スキー使用であるが置いていかれたら、と不安がよぎる。 8峰の急登を詰め崩れかけた雪壁を乗っ超す頃には雲は厚くなり小雪が舞いだした。 小休止を取りおやつをかき込むと再びBivy、P目指して登り出す。 7峰から急に両端が切れ出しスノーリッジが始まる。アップダウンが激しく息が上がる。 6峰手前の雪壁は傾斜が強く師匠、雪を切り崩して奮闘。 雪は益々激しくなり視界も悪くなる。こういうルートで視界が利かないのはやはりおっかない。 慎重リッジを詰め再び長い雪壁を越えると5,6のコルに出る。ようやくBivy,P。 ツエルトの為、雪が舞い込み夜は雪掻きと雪出し。 |
新雪の中、除雪車のように 爆走する森崎師匠! |
4月14日 明け方まで降っていた小雪も止み除々に薄日が差してくる。視界も良好。見ると続々と後続パーティが上がってくる。 師匠速攻で撤収作業に取り掛かり隣でテントを張っていたパーティを横目に先頭ラッセル。慌てて続くが…まさに獣、戦車のように突き進んでゆく。 前日の降雪で雪の層が出来ておりステップを切り崩すと斜面が崩れてゆきなんとも気分が悪い。 4峰を登り切る頃には後続パーティも追い付き賑わってきた。2峰直下のプラトーで大休止。 |
流石に師匠もここまでのぶっ飛ばしラッセルで少し疲れたのか最後の雪壁は別パーティに変わってもらう。稜線に抜ける雪庇が何とも威圧的だが後続だと特に問題はない。 午前10時稜線に出る。 風が強く吹き飛ばされそうだ。記念撮影をする余裕もなく大雪渓を下る。 傾斜が緩くなった場所になると師匠はスキーを装着するがショートではバランスとりにくいのかパタパタこけていた。 かなり下部まで下った頃小規模なブロック雪崩が発生!後続の3人が流されたが小さかった為誰も埋まらずにすんだ。やはりこの時期油断は出来ない。冷や汗流しながらガシガシ下る。 昼丁度に猿倉に到着。 |
最後の雪壁を突破する |
気温も上がり林道の氷はすっかり解けているので安心だ。チャリを 回収するとダウンヒルで快適に飛ばし僅か10分で車まで戻る。 薬師の湯に浸かって大町で牡蠣フライとから揚げを詰め込み帰命。 |
感想 天気予報では1時的な崩れと言っていたのにあんなに降るとは予想外でやはり後立はあなどれないと感じました。 又この時期の降雪は表層雪崩が起きやすく特に雪質を見極めなければならないので難しいですね。 でもやはり主稜はすばらしいルートでした。 |
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