東海山岳会 国内山行

2006年7月5日 / 屏風岩~前穂北尾根継続IN A DAY 計画  プロローグ

その長大なラインは、横尾の小屋の便所の前あたりから一望に見渡すことが出来る。前穂北尾根の真の末端である横尾本谷の谷底から屏風岩を攀り、屏風の頭から北尾根をたどって前穂にいたるというものだ。
 これをワンデイでやっつけて、その日のうちに横尾にもどるというアイデアは、昨年の夏前に会のN本氏から授かったものだ。昨夏に横尾小屋の前から見たそのラインは、私の気持ちを高ぶらせるのに充分な美しさをもって横たわっていた。



 実は昨夏にもトライしていたのであるが、失敗に終わっている。その時のパートナーはI森君。天候が崩れて敗退し、パノラマ新道を下ったのであるが、仮に天候が崩れていなくても成功はしていなかったと思う。 
実はその時のプランには一つの面白いアイデアが盛り込まれていた。 私とI森君は、ともにナイキのスイッチブレードというアプローチシューズの信奉者で、簡単な岩はこの靴で充分登れると考えていた。「だったら、クライミングシューズ持たなくても、BCから前穂までずっと一足の靴で登れるじゃん。」 私たちはこのシンプルなスタイルに大きな魅力を感じ、自信をもって実行に移したのだった。
だがその結果、真っ暗闇のT4尾根をヘッデンの明かりだけをたよりに、アプローチシューズで登っていくことがどんなに怖くて、それがどんなにスピードを削いでしまうものかを思い知らされることとなったのだ。その登攀は明るくなっても全くスピードが上がらず、私たちは疲弊していき、屏風の頭に抜けたのは午後に入ってからであった。仮に天気が良くても、前穂に行く余力は残っていなかっただろう・・・・・。

さて、今年は長い休みが取れなくて、恒例の海外ツアーは行けそうもない。国内で何かちょっと面白い家族旅行のプランはないかと物色していたところ、これを思い出した。
よし、お盆休みにやろう。ダメもとでいっちょやってみよう。
パートナーが自分より弱いので、私の負担が大きくなることは間違いないし、時間もかなり長くなるだろうけど(ざっと16時間?)、去年の経験に基づくいくつかの作戦もある。 はじめてみることが肝心だ。

これからのトレーニングの記録なども掲載していきます。どうなりますか、請うご期待!

上の写真は、奥又白池からみた前穂北尾根 Ⅵ峰 Ⅶ峰あたり。 

2006年7月25日 / 屏風岩~前穂北尾根継続IN A DAY 計画 その3 「Sweet Water」

今回の計画では、前穂登頂後は北尾根を下降して5・6のコルから涸沢におりようと考えているが、1ルンゼを登りはじめてしまうと、涸沢にたどり着くまでの間、いわゆる水場は無い。
お盆の時期といえば、穂高といっても天気がよければ相当暑い。
暑い中、おそらく16時間ぐらいのきつい行動を支えるのに一体どれだけの水が必要か。
少なく見積もっても一人3L。余裕を持って考えると1人4Lぐらいは欲しくなる。
しかし、荷物が増えれば増えるほど、確実にスピードは落ちるだろう。
特に壁の部分は、軽く行きたい。

そこで私は一計を案じてみました。
昨年登ったときに、屏風の頭を少し過ぎたあたりに、3mほどの小さな水溜りがあることを確認している。 それは正によどんだ水溜りであり、茶色く濁って、わけのわからん虫がわんさか浮いているようなシロモノで、普通はそれを飲用の対象と考えることはないようなものだ。 
あれが利用できないだろうか?

そうだ、濾過だ! よくアメリカ人がやっているやつ。

早速 REIで調べると、MSRから出てる「Sweet Water」とかいうのが安くて手軽そう。
重量320g。 バクテリアを99.9999%除去できるとか。 ウイルスはダメらしいけど、そんなもん多分いないだろう。
濾剤に厚みがあって、閉塞したら濾剤の表面ごとブラシで削り落として再生するタイプなので
多少きたない水でもいけそう。
320gで、水が4Lでもゲットできれば、これはメリットが大きい。
$65かあ。送料含めると1万円近いけど・・・まあ、いいか・・・・?

日曜に「ぽちっ」とクリックしたら、なんと木曜には荷物が届きました。速え~。

白いホースが出るほうで、黒いホースが入るほう。黒いホースの先っぽの円盤はプレフィルター。操作はレバーをシャコシャコやるだけ。


畳んだところ。

これで、横尾を出発するときは一人1.5Lで良いことになりました。
これが今回の目玉となる、「Sweet Water作戦」の全貌です!
お後がよろしいようで・・・。
 
2006年8月11日 / 屏風岩~前穂北尾根継続IN A DAY 計画 その5 「ついに本番」

いやはや、めちゃくちゃ大変でしたが、結果からいうと成功。 出発から17時間45分行動で横尾のテントに戻ることが出来ました。 もう二度とやりたくないけど、楽しかった。充実です。
前後の行動記録など書いておきます。

前日 8月10日
早起きの練習もかねて、4:30起床。ETCの通勤割引をダブル使用(豊明→美濃、美濃→飛騨清美)で、高山経由平湯温泉。バス(往復1800円)で上高地着10時ぐらい。横尾着13時ぐらい。横尾の奥のほうの木陰にテントを張って一休み。その後、渡渉点の下見に行き、実際に一度渉ってみる。今年残雪が多く、横尾本谷の水もかなり冷たい。渡渉ラインを確定してテントに戻る。飯と豚汁をたっぷり食べて、7時就寝。

当日 8月11日
2時起床、アルファ米、シリアル、スキムミルクなど食べて、3時出発 水2人で3.5L。
月明かりがまぶしいぐらいであった。 残雪が多く、T4尾根取付きの真横に信じがたい巨大雪壁が・・・・。(下の写真の左の方)


4時半、T4尾根登攀開始。 出だしの2ピッチを、Simulで65m1ピッチで抜ける。
5時半 雲稜ルート開始。 8時25分雲稜ルート終了。
人工のピッチにリード+フォローで1時間を要したのが痛かったが、それでも3時間を切って終了。


左の尾根に上がったテラスで一休み。この頃にはすでに日差しが強く、日なたにいるだけで消耗していくような状態になっていた。
写真は、屏風の頭への道中から槍ヶ岳方面。


急登の藪こぎで9:30 屏風の頭。
天候のせいか、昨年同じ場所から見た前穂より、ずいぶん近く感じる。こりゃ行けるで。


最低コルへ向かう途中の、問題の水溜りに向かう。ここに水がなかったら今回の計画はおしまい。最近全然雨が降って無いので、やや心配だが・・・水は・・・あった。
が・・・・、うわー 汚ねー。 見たことの無い糸状の生物がたくさん浮いている。

「コレハ、イカン」などと思ったが、一応そんなそぶりは微塵も見せずに、「これだよ」といってフィルターの準備を始めると、「こりゃひどいな」と弘美。 でもその言葉に「これを飲むのは絶対嫌だ」という響きはなく、とりあえず一安心。


さて、問題の濾過だが、「出てきた水はびっくりするような無色透明!」を期待していたのだが、実際には透明は透明だけど、色はあんまり抜けてない。(手に持ってる水筒が濾過済み)
「だいじょうぶかな~?」と思っていたら、500ccも行かないうちに早速詰まって、安全弁が吹き始めた。 こりゃ濾過も大変だ。 でも詰まるということはちゃんと濾過されているということとも考えられるので、むしろ安心かもしれない。 とは言え、やっぱりこれを飲むのは不安だなあ。
何回か分解して詰まった不純物をブラシで落して、どうにか2L強の水を濾過。

本来の計画では、ここで下から持ってきた水を全部飲み干し、すべての水筒をRefillして再出発のするはずであった。でもやっぱりこの水はあんまり気が進まない。
ということで、その段階で残っていた1.5Lは全てキープして、濾過水は2Lだけで進むことにした。
(これが原因で後半は渇きに苦しむことになる。どうせ飲むのだから、2Lも4Lも変わらないはずなのに。ここでの中途半端で感情的な判断は反省に値する。)

最低コルからⅧ峰~Ⅵ峰あたりは、暑い上にところどころひどい藪になっていて、激しく消耗させられた。
這い松の藪をこいでいくと、なんかわからんけど木から粉が大量に舞って、それが汗をかいた体に引っ付く。鼻水が出て呼吸が苦しい。服も腕もマツヤニでベトベト・・・。


それでもどうにか12:30に5・6のコルについた。
すでに朝起きてから10時間以上。会社ならそろそろ帰り支度を始めるころだ。
やれやれ今日は、まだまだ仕事が残ってる。
それにしても、風がなくて暑い。水をがぶ飲みしたいが、先を考えるとそうも行かない。

5.6のコル以降は、藪からは開放されるが、その分日陰がほとんどなく、登りも大きく、苦しい。
目に見えてスピードが落ちてくる。 さらに弘美は高度に弱いので、このあたりから具合が悪くなってきたようだ。
Ⅳ峰では、少し道に迷い、変なところに上がってしまい、修正に時間を食われる。ほんのわずかの登り返しが心底辛い。

Ⅲ峰は2ピッチロープを使用したあと、そこに全て残置して、ほとんど空荷で山頂に向かうことに。 二人とも疲労と乾きが激しく、それが原因で間違った判断をしかねない状況になりつつあるのが感じられる。 果たして下降でⅢ峰が、問題なく下れるだろうか? 期待していた懸垂支点はろくなものが見つからない・・・。 弘美のスピードが著しく落ちてきた。
15:10 ついに前穂山頂到着。



頭痛を訴えていた弘美は、ここで3分ほど眠る。そしてまたすぐ出発。
Ⅲ峰は、懸垂はリスクが高いと考え、結局スタカットで2ピッチクライムダウンして、3・4のコルに降り立つ。 その後も、もろい岩稜のくだりが延々と続き、全く気が抜けない。どこでも死ねそう。
なぜ、こんな悪いルートが日本の岩登りの大クラシックで、初心者向けルートになっているのか、大きな疑問を感じてしまう。そんな風に感じる原因の90%は「疲労」なんだと分かってはいるが。
弘美は亀のように遅い。私は5分下っては3分待つぐらいのペース。

17:25 5・6のコルに戻る。ここから先、大きな危険はない。どうにか明るいうちに安全圏につけた。 安堵のため息。 ここで残っている水の全てを飲み干す。
ところで、濾過した茶色の水はなかなか美味い。色はたぶんタンニンか何かだと思われるが、ちょっと薄いハーブティーのようで、お奨めです。どなたか・・・。

涸沢への下りは、ゴロゴロのガラ場が延々と続き、これまた苦しい。弘美はどんどん遅くなるが、なだめたり、叱ったりしながら、なんとか歩かせる。
18:30 涸沢小屋 5分以上遅れて弘美も到着。 1本300円の250mlポカリを3本買って、計画の貫徹と無事を祝って乾杯する。 これが美味かった。 体にしみ込むとは、こういうことを言うのだろう。
今年の涸沢は雪が多く。冷蔵庫の中にいるようだった。

15分ほど休んで出発。 ポカリのおかげか、標高が下がったからか、多少弘美のスピードが戻ったようだ。(もしくはこっちのスピードが落ちてきたか?)
19:00ごろにはヘッドランプをつける。 本谷橋の水場でしばらく休憩して、一気に横尾を目指す。 体中のあっちこちが、痛い、痛い、痛い。泣きたい。
20:45 横尾
テント場はすでに寝静まっている。 そのまま倒れてしまいたかったが、体を拭いて、パンツまで履き替えて、最後の力を振り絞ってラーメンを作る。 食欲があるだけましというものだ。
22:00 就寝。 

翌日と翌々日
翌日からの2日間は、余韻に浸って過ごすことになる。 
日本国内でのクラッシクルートを登って、こんなにもどっぷり余韻に浸れることがまだあるんだ、と少しビックリ。
8月12日 朝はなんとなく起きて、行動食を食べたり、はとにえさをやったりしてすごし、昼前になって昨日の晩飯の予定のメニューを作って食べる。今はとにかく、何も気にせず食べたいものを食べたいだけ食べて、眠りたいだけ眠り、回復に努めよう。 今日はそういう日だ。
そうこうするうちに、K林、K田の二人が、異様に大きな荷物とともに現れた。
ザックをあけると、食料が出てくるは出てくるは・・・・。 これで、あと3日間飢えることはなさそうで、安心する。

8月13日 弘美は今日中に家に帰らなければならない。私は登攀の予定は入れてないので、弘美を送りがてら、奥又白の池にハイキングに出かけた。 なんとも美しい池から、一昨日に登った北尾根をしばらく眺めたあと、徳沢まで降りる。そこで弘美と分かれ、私は横尾に戻る。 
明日は、K田君と緑ルートを登って再び屏風の頭まで行くことになっているので、テントに帰って飯でも食べよう。 


東海山岳会 国内山行