毎日ずぶぬれ
穂高屏風岩「フリーフォール」の記録
1999.8.13〜14

メンバー:井土、千田

 1999年の夏合宿の一環として登りました。このルートは、「ルートの終わり方」とか、「残置が増えてる事」とか、いろいろと物議をかもしているようです。我々は完登したわけでもなく、一部ラインどりを間違ったりもしており、このルートについてあれこれ論評する事は出来ません。ただ、感想として、それほどマニアックでない適度な難しさが連続することや、ルートがとられているロケーションの良さなど、なかなかに素晴らしいものであり、すごーく充分に楽しむ事ができました。

 以下、行動概要と、後の方に2P目と5P目について少し詳しい事を報告します。

行動概略

8月12日

それぞれが別のパーティーで、雲稜、東稜各ルートを登り、T4で合流。翌日に備え、T4尾根の2ピッチにロープをFIXしながら下降。ベースの横尾に着く頃、雨が降り始めた。「あーあ、ロープびしょぬれだよ。」 雨は夜になっても降り止まぬ。明日は、雨の中ロープ回収にいくことになるのだろうか?

8月13日

夜通し降ってた雨が、3時頃突如止んだ。明るくなるに連れ、空がうっすらと晴れていることが分かる。とりあえず出発。T4尾根の取付きに着く頃には、すっかり晴れていた。濡れたロープをかついで、T4までかけ上がり、1P目井土から登はん開始。2P目千田(詳細後述)、3P目井土、4P目千田。けっこう時間がかかり、今日中に終わらせるのは、ちゃんちゃら無理だ。おまけに4P目を開始した頃から急に空が暗くなってきた。どうするか。明日続きをやるとした場合、仮に雨でも、核心の5P目は濡れずにすむだろう。4P目の終了点からなら、FIX2本でT4までおりられる。でも、それにロープを使ってしまうと、今度はT4尾根が下りられない。ルートは ここからが面白くなるわけで、ここで敗退なんて…。

1ピッチ目

と、悩んでいたところ、姉御−浅井パーティーがひょっこり大テラスに現れた。「おおっ、おまえらちょっとそこで待ってろ!」 いっしょにT4尾根を下りてもらう作戦だ(なんて悪い奴!) 大急ぎで4P目をかたづけようとするが、さらに結構時間がかかってしまう。そのうち雨が…。可愛そうに、彼らは我々のせいで雨にに巻き込まれる事になってしまったのだ(なんてひどい!)。

ずぶ濡れでベースに戻ると、一柳さんが松阪牛をしこたま買い込んで到着していた。「テントで焼き肉は臭くなるからダメ!」 傘を差して、車座にしゃがんで焼き肉を奪い合う。タン塩が特に美味かったが、腰が痛くなった。

またまた、雨は夜になっても降り止まぬ。明日こそ、雨の中ロープ回収にいくことになるのだろうか?

8月14日

夜通し降ってた雨が、また3時頃突如止んだ。こりゃ行けるでー。しかし、この日の好天はそれほど長続きしなかった。T4からFIXを登り始める頃には、ぽつぽつ。でも、予想通り5P目は全く影響無し。5P目井土(詳細後述)。少し遠い雨音とピトンの音だけが聞こえる。素晴らしいピッチ。青白ハングはやっぱりいいなあ。しかし、ハング帯を抜けてたどり着いた5P目終了点は、滝のようになっていた。

これで、核心は終了。まだ3ピッチのこっているが、ここから先は沢登りの技術が必要になりそうだ。千田が上がって来る。下降を決定するまでに一言の相談も必要なかった。

2P目について

  登はんにあたって、我々は「日本の岩場」以上に詳しいルート図は持っていなかった(初登時の記録など)。結果的に、2P目は間違ったラインを登ってしまったようだ。初登時の記録は今でも持ってないのでよく分からないのだが、噂によると2P目は残置が増えているらしい。ところが我々は、ただの1本も残置支点を使う事なく(使おうにも見当たらず)、大テラスに到達した。あきらかに異なるラインと思われる。

  1P目終了点からは、ハング下を左上するクラック(ここまでは正しいようだ)。クラックを抜けた後、千田「左の方にボルトがあるんですけど、結構新しそうだし、ボルトラダー状態なんですけど」

井土「ボルトラダー? そりゃちがうだろー。右のハングの切れ目はどうなの?」

  ピトンを打ってハングの上にでた千田は、一目見て「コリャ違うわ」と思ったと言う。遠くから見ると一見して何もないつるつるのフェイス。でもよく見ると切れ切れのリスが縦横に走っている。そこを、すべてタイオフのナイフブレードで8連発。そこから結晶がぽろぽろ落ちるもろいフェースを恐ろしいフリーで大テラスまで。

  このラインがすでに誰かに登られた事があるのかどうかは、現段階で不明。初登の可能性も多分にある。千田はまだ「駆け出し」だったので正確なグレードも不明。でも、そう簡単そうには見えなかったし、内容的に優れている事は疑う余地もなかった。「フリーフォール」2P目の、よりロジカルなバリエーションとして、皆さんにも登っていただきたい。(注意:ルートが間違っていると確信しながら、それなりの準備もなく、突き進むという千田の行為を「是」と考えるわけではありません。念のため。)

5P目について

  僕がクライミングを始めた頃に発行された「日本の岩場 下」において、「フリーフォール」はルートグレードとして、国内でも最も難しいルートの1本として紹介されている。名前のうさん臭いこともあり、「いつか登ってみたい」などとは決して思わなかったものだ。その核心が5ピッチ目。それは今、僕の目の前にある。畏怖を感じながら開始。

  エイリアンから、まずまずのピトン、ナッツなどで思ったより快調に進む。そして核心と思われる連続フックのセクションに到達。ここで一息。この先どんなフォールをしようと、「全抜け」なんて有り得ない。それに壁がずっとかぶっているので、仮に全抜けしたところで、空中に投げ出されるだけ。怪我の心配はない。ロープが切れるなんて絶対に有り得ない。そう言い聞かせ、そっと手を伸ばしてフッキングエッジを探っていく・・・・・。 


5ピッチ目

  が、多少フックに慣れてる人にとっては、それらのエッジはすべて「ボンバー」としか言いようのないような、しっかりしたものであった。すばやく3発かけかえし、大きく伸び上がって、上のフレークにがっちりとカムをセット。こうして、「フリーフォール」の核心は軽々と足下になった。と、思ったのだが…。

本当の恐怖はその後にやってきた。でも、それについては、やっぱり書かないことにします。(文:井土)


連日の雨に怒る井土